新春企画
矢堀孝一 vs 石原忍(shiosai ZiZOレーベルプロデューサー) 対談
(石原)
まずは新作発売決定おめでとうございます。前作「Elevation」が2001年11月リリースですから3年ぶりのソロアルバムという事になりますね。まあ、矢堀さんはその間にもFragile や増崎さんとのDUO作品などコンスタントに作品制作を続けていますけど。。。(矢堀)
おかげさまで…。Elevationは山木+岡田(治郎という組み合わせでマニアックなジャズ的作品で、そうですね、やりたかったけどなかなかできなかったことを精一杯やれたように思います。(石原)
今回は矢堀さんにとって初めて外部のプロデューサーである後藤次利さんを迎えての制作となったわけですが、後藤さんプロデュースの下で自身の作品を仕上げていくのはどうでしたか?(矢堀)
かなり戸惑いもあったし、次利さんの非常に客観的で具体的なダメだしの応酬に何度か自殺を考えました(笑)が、本当にめまぐるしくも素晴らしい半年間でした。自分を客観的に俯瞰して見ること、演奏家としての自覚を認識できた…ような。もっと早く自覚しろよという気もしますけど。改めて次利さんにはお礼を言わなければなりません。(石原)
そうした過程から生まれた新作は一聴した感じでこれまでの矢堀さんの音楽、ギターとはかなり違ったものとなっていますよね。それは「テーマ、ソロ、テーマを繰り返しつつ技術を駆使したインタープレーの魅力で聴かせる」というジャズフュージョン的な発想から離れたという事が大きいと思いますが、矢堀さんはこの新作をどう位置づけていますか?(矢堀)
当初は「非インタープレイ」「非ジャズ」的なスタンスを想像していたわけで すが、逆にそれらの良いところを見直せたんじゃないかと。「正しいインター プレイ」じゃなくて「かっこいいインタープレイ」とは?という問いかけ、実 は当たり前のことなんですけど、そういうものに対峙できたのは貴重です。本 作では全編を通して「テーマでさえもインプロバイズである」とも解釈可能な 前提があり、これが逆にインプロバイズすることの意味を考えさせるという、 ある意味では非常にジャズ的なアルバムではないかと思えます。だから、一見 「ジャズフュージョンから離れた」ように見えても実はジャズフュージョンの 何がいいのか、っていう命題に勝負をかけてる気がしなくもない。次利さんといえばおそらくPOPな感覚を連想される方が少なくないと想像できますが、POPに限らずその音楽をどうするか、という実に明快な目的を達成することに 純粋無垢に立ち向かうクリエイターと思います。(石原)
私は今後shiosaiにおいては"賛否両論"ある作品を作って行きたいと思っているんです。 ファンの皆さんに喜んでもらえる事もうれしい事ではありますけど、単に「今回もあいかわらずいいですね」という事の繰り返しをしていても私自身面白くない。技巧的なものにしても音楽的なものにしても狭い範囲に限定された期待をアーティストやレーベルが背負ってしまうと自由がなくなってしまいますしね。ですから「素晴らしい!!」という意見も「何だこれ!?期待はずれだなー。」という意見もどちらも必要。あとリスナーも時の流れと共に趣味嗜好が変わりますからね。すぐに中古に売ったり捨てたりせずに(笑)持っていてくれたら何年か後に聴いた時その作品の魅力に気づいたりするものです。(矢堀)
このところのshiosaiはほんとにおもろいよねー。特にここ数年でレーベルのカラーが如実に出てきていてほぼ唯一無比な状態になりつつあるよ。オレもそれについていけるか少々自信なさげだったんだけど(笑)、そのカラーは表層的なイメージのものではなくてミュージシャンの姿勢自体であり、またそれを自問自答しながら求めていく実に精神性のあるものだよね。(石原)
shiosaiの作品自体一貫性とかあらかじめ決められたレーベルカラーなどをあまり重視していなくて、その時々の私の音楽的嗜好が強く繁栄されていく面が強いんです。移り気な私は自分がギター弾いている時はギタリストの視点で制作しますし、今はドラム叩いているのでドラマーを強く意識するという単純なもので(笑)。あとshiosaiってジャズレーベルという位置づけがあって、まあそれは実際ジャズやフュージョンの作品から始まったので当然ですが、ここ最近ジャズやフュージョンに対する興味が薄れつつあります。ここ40年の流れの中でジャズに求められる価値観は固定化され、リスナーはそれを満たしてくれる作品のみを評価し、更に由々しきことにアーティスト&制作側もそれに沿った作品制作を無意識に、時に意識的に行うようになってきている。。。 そうなるとだいたい同じような作品、アメリカのジャズの焼きなおしのような音楽が増えてくるわけで、そこにはまってしまってはいけないとここ1〜2年常に思っていました。矢堀さんはそんなジャズの本流の中で日々活躍しているわけですがその辺どう考えていますか?(矢堀)
これは以前にインタビューでも話したことがあるんだけど、そのジャズという船に乗って盛り上げるのか、そこから降りてタグボートで漂流を開始するのかっていう。石原さんの言う「無意識」という言葉を借りるなら、無意識であればその船は沈んでしまう。次利さんプロデュースという話が出たとき、オレにはあの人がその船の救世主に見えた。(石原)
実際のshiosaiの音楽制作にそんな想いを結実させるきっかけとなったのが今回の作品にも参加してくれているドラマーの山木秀夫さんと2002年に続けて制作したアルバム、「There He Goes/山木秀夫(清水靖晃プロデュース)」、「Q/山木秀夫(後藤次利&松本孝弘プロデュース)」です。この2作品はそれぞれまったく違ったやり方で先程述べた固定化されてしまったジャズ的価値観から軽々と抜け出した新鮮なインスツルメントミュージックを現実のものとして目の前に見せてくれたんです。それらは他にあまり聴いた事がないような個性的な音楽で、これらは結構賛否両論あったんです。で、それによってこれまでのshiosaiのイメージから凄く自由になれた気もしました。これはその後のshiosaiにとっての重要なポイントですし、それが今回の矢堀さんの作品に直接繋がっています。ですから私も今回はあえてお金を出す人という意味でのエグゼクティブ・プロデューサーの枠を超えてかなりつっこんだ意見も言わせてもらいました。(矢堀)
これは間違った見識になるかもしれないが、工業製品に例えるなら、レーベルはメーカーでアーティストは職人になる…かな?プロジェクトXを見ればわか るように(笑)、優れた工業製品はメーカーの求める「モノ」と職人の、知恵 と努力、発想の結晶だ。そういう見方をすればレーベルはもっと勝手なことを 言ってもいいし、アーティストも時には勝手なものを密かに作ってもいい…デ ジタル・カメラのようにね。
(石原)
そういえば意見だけでなく1曲演奏でも顔を出してしまいました(笑)。そんな成り行きはもしかすると矢堀さんには迷惑だったかも知れませんが、私は勝手に結構楽しんでしまいました。タイトルが「Helicobacter」とついていた為(ヘリコバクターピロリ菌という胃炎や胃癌の原因となる菌ですね)、何かカオス状態のようなものをツインドラムで出せたらと思ったんですね。今回自分の演奏をエンジニアにミックス(トラックダウン)してもらうという体験もしたわけですが、そういう事も面白かったです。他人が編集した出来上がったトラックを聴くとその人にはまた別の風景が見えていたんだな〜とか思って、それによって世界も広がった気がします。ま、これは作品全体からすれば単なる内輪の話題のひとつですけど、でも私なんかがこんな事をやれるスペースがあるって事はこの作品の立ち位置を暗に示しているかも知れませんね。(矢堀)
もともとはプリプロの段階でドラムを叩いていたあの姿がとても印象的だったし、それにインスパイアされての演奏、そしてタイトル付けなのでかなりの必然性を持っている行為ですよ(笑)。(石原)
ミックスと言えば今回全曲のミックスを担当してくれたブルース・ミラー氏の貢献はアルバムのコンセプトを明確にする上で非常に大きかったと思います。ブルース氏はもともとジャズだけでなくアレサ・フランクリンとかホイットニー・ヒューストン、マライア・キャリー、ベイビー・フェイスといったR&B系のブラックミュージックやC+Cミュージック・ファクトリーのようなダンスミュージック、デュラン・デュラン、イエス、PIL、ドクター・ジョン、というロックで名を成してきた人です。今回ブルース氏がそのキャリアを活かした幅広いジャンルを内包した音つくりをして仕上げてくれたのはうれしかったです。ジャズ・フュージョンのリスナー的観点からすればもっと違った音色やグルーヴ作りのアプローチもあったと思いますが、そこに縛られないさらに一歩広い世界を見せてくれたと思います。矢堀さんはエンジニアリング的な事も相当詳しいですけどその辺どう思いました?(矢堀)
最近のエンジニアリングは…そうそう、elevationの時の松本さん、あのアルバムではアナログのレコーダーで味のあるミックスをやってくれたんですが、 大高(清美)の"Frames"でかなり行きまくったミックスをしてました。 あれを見ていてエンジニアはアーティスト・サイドなんだなと。この頃はライブの現場でもエンジニアがバンド・サイドのミックスをリアルタイムにやっていたりして、つまりそれは「演奏形態」を聴かせるということから「サウンドを聴かせる」ということが重要視されていることを表しているように思います。ああ、もともと、ジャズだってなんだって、楽器のサウンドは重要なわけですけど、あらゆる手段を用いてサウンドワークした上でのサウンドという意味でね。エンジニアはprotoolsによって自由を手に入れましたよね。レコーディングの技術として簡単・便利というツールじゃなく、エンジニアが自由な発想を展開できるツールという見方が正しいでしょう。今回のブルースのミックスというのは、まあ、彼はその草分け的存在なんで当たり前ですけど、ギターの演奏っちゅうかサウンドを彼に素材として委ねてしまうっていう感覚でしたね。
(石原)
でも今回の作品、矢堀さん、後藤さん、山木さんそれぞれの演奏の素晴らしさも充分に堪能できる作品となっていますよね。後藤さんや山木さんの演奏の独特な世界はやはり図抜けたものがありますよね?(矢堀)
やっぱりミュージシャンとしてのセンスに圧倒されるんですよね。センスがむき出しになっているその生々しさが超カッコいい。僕なんかが普段やってきた いわゆる既成の「音楽のカタチ」、まあ、理屈とか方法論とか色々ですけど、 そういうものを軽々超越している。勿論、センスだけでは楽器は演奏できない。…色々考えさせられますよ、ほんとに。(石原)
そうそう、今回初めて矢堀さん自身がジャケットに登場していますがスーツをビシッと決めていていい感じですね。しっかりスタイリストもつけての撮影でしたが面白い体験だったんではないでしょうか?(矢堀)
shiosaiでそんな体験ができるとは思ってもみませんでした(笑)。というか、FRAGILEを始め、他のレーベルでもそんな贅沢はしたことがありませんけどね。レコーディングというものがライブとは違って録音物であり、記録であり、制作の産物であるということを考えれば、ジャケットがそれを代表していることを考えても悪くない。言ってみれば普段着のありのままの自分とは違った面、または画像、でもそれは自分に違いないという事実。アルバムのタイトル"Guess Where I am"は、「さて、オレはどこにいるでしょう?」という問いかけで、その言葉にも非常に合ってる感じのいいジャケットになったと思っています。(石原)
やっぱり制作した音に想いをを馳せながら皆でパッケージングをして作品を完結させていく過程もすごくクリエイティブな事ですよね。(矢堀)
もともとCD以前は30cmのレコードというものが録音物の主流でしたが、あのフォーマットのジャケットの場合、ブツがCDに比べかなりデカイ、ということもあって、レコード・ジャケットのアートワークというのは非常に大きな問題、というか、魅力でもあったわけです。今でも、レコードはかけてないけどジャケットをディスプレイしているお店なんかはよく見かけます。僕個人としてはかつてのECMレーベルのジャケットはとても好きで、まさしく「ジャケ買い」という行為に手を染めたこともありますし(笑)、多くの人が評価しているのではないかと思います。勿論、内容も良かったし、そのマッチングも良かったので評価されているわけです。CDが普及して12cm角のジャケットが当たり前になってジャケットデザインの考え方も大きく変わったと思います。やはりアートワークの中で文字が圧倒的に小さく見えてしまいますから、タイトルをサイズ一杯一杯に表現する傾向も頷けますよね。(石原)
shiosaiではカタログのほとんどをデザインしてくれる須藤氏はじめ、その他パッケージングの過程を共に楽しめるスタッフが集ってくれていてとても恵まれていると思っているんです。(矢堀)
石原氏の音楽とジャケットという一連のアートワークに関するセンスとこだわりが伝わってる結果と思いますよ。商業的成功のみがアートの達成ではないという事実、レーベルの社長が自らのセンスをもって対応している事、そしてそれに賛同するミュージシャン、エンジニア、デザイナー、スタイリスト、カメラマン、ヘアメイク、その他スタッフの方々…。みんなを結んでいる絆が確実に存在しているわけです。そしてその絆に対するコンセンサスというも
のが言葉を超えたところで確実に存在している。これこそが、shiosaiレーベルの最大の魅力ではないでしょうか。(石原)
今回こうした矢堀さんにとって新鮮な音楽を作ることが出来たのですからこうした世界観を来年以降また発展させて行けたらいいですね。(矢堀)
うん、実に新鮮な感じ。ある意味今までは勉強、表現はやっとこれからできる、という気持ち。ホントはそんなことじゃイカンのだけど、なんかやる気がでてきた(笑)。(石原)
shiosaiはこの12月に発売となる2作品で32作品目となるんです。今後はカタログ数を増やすというよりはもっとゆっくりとその時々の気まぐれな自分の嗜好を反映させた音楽を作って行きたいと思っています。矢堀さんともまたいつか歯車があった時に何か面白い作品を一緒に作れたらきっと楽しいですよね。(矢堀)
そうですね。やっぱ歯車、波長は大事。やるべき時がきっと来ると思います。強烈に楽しい瞬間をお互いのインスパイアで育んでいけたらいいなーと思いま すよ。気まぐれっていうけど、それがつまり自然な波長の流れなんじゃないか な。自分の作品は別としても、これからも素晴らしい作品をしおさいが作っていくことを期待してます。